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2016年11月20日 (日)

飛行機と読書

飛行機 苦手のこの私
無事帰ってきました

ただいま~

離陸する瞬間のあの怖さ
あの音・・・何とかならないものか
そこで考え 読書に没頭することに
問題は何を読むか
そうだ 
友が読んでいたあの作家にしよう
《本日は、お日柄もよく》 原田 マハ 著書


困難に向かい合った時、
もうだめだ、と思ったとき
想像してみるといい。
三時間後の君、涙がとまっている。
二十四時間後の君、涙は乾いている。
二日後の君、顔を上げている。
三日後の君、歩き出している。


この帯に私は魅せられた
タイトルも今は死語になったと思われる

《本日は、お日柄もよく》
面白そうだな

友人の結婚式で涙が溢れるほどに
感動したスピーチに出合いスピーチの主に
弟子入りし「政権交代」を叫ぶ野党の
スピーチライターに抜擢された
女性のお仕事小説


初めて聞く職業だ
一体どのような職業だろう
興味深く読み始めた
確かに上手なスピーチは人の心を打つ
人の心に残る
誰もが真剣に耳を傾ける


講義や講演の多かった私
果たして心に残っているだろうか
結婚式の招待を受けスピーチも何回か
下手でも良い 気持ちが籠っていれば・・・・
そう思っていたが本に出会い気づいた
上手な方が良いに決まっている

言葉は毎日の生活から切り離せない
その難しい言葉で人を感動させる
言葉が持つチカラ..は
大きくって計り知れない影響力があると
改めて感じた




2015年4月10日 (金)

1/4の奇跡

廻ってきた1冊の本
わが家では本は廻し読みしている
読み終わって感想会を開いている
愚息たちが小学校の時から続けている
《1/4の奇跡》
心が震える感動のドキュメント
しかもDVDがついている

山元 加津子・・・特別支援学校教頭
 養護学校教諭が語る本当のこと
 すべては「いつかいい日」のためにある


柳澤 桂子・・・・生命科学者・歌人
 あなたに与えられらたかも
 しれない病気の遺伝子を、
 たまたま受け取って生まれてきた人がいる


四方 哲也・・・・大阪大学大学院教授・工学博士
 要するに、我々の運命を決めるのは、個体の
  能力ではなく、適応度でもなく、
 周囲との相性なのです


新原 豊・・・・・UCLA大学医学部教授・医学博士

 この病気の悲惨さは、
 激痛の発作だけではなく、
 社会的に遠ざけられてきたところに本質がある

                       (目次より)

4人の著者が「強者」を救う「弱者」の話を
それぞれの立場で書いている
中でも養護学校で出会った子供達と
家族の実態は涙なしではいられない
考えさせられることが多い
その家族の葛藤や心の痛みは
計り知れない


誰もが一つの命を生きているのだから
家族の誰かが悲しいと私も悲しい

家族の誰かが嬉しいと私も嬉しい
家族として出会った私たちは同じ命の中で
しっかり生きて行こう・・・・・と話し合った昨夜でした



002 ついにブロック注射した
        2回実施したが・・・痛みはまだあり

2012年10月25日 (木)

友人より本を頂いた。
001
著者は友人のお嬢さんだ。
退職貧乏 父さんにならない 6つの方法
22日のBSジャパン 7PMで取り上げられていた。
退職貧乏ってなんだろう・・と興味を覚えた。
退職金ももらい、
年金の範囲内の生活をすれば・・・裕福とはいかなくとも
そこそこの生活は可能だろう。
一体退職貧乏とは・・・
ではリッチとは・・・

□妻とビジネスクラスで退職祝い旅行
□自分は仕事ができるいい上司
□退職後は趣味活動で友達づくり
□子供のために支援は惜しまない
□貯金はひとつの銀行に預けっぱなし

以上ひとつでも当てはまるお父さんは要注意とか。
もっと早くに読んでおきたかったな~

でも自分たちの身の丈に合った生活が一番と思いつつも
公的年金は3割減を覚悟しなければならないだろうし、
企業年金だってわからない。
経済的にも精神的にも豊かに過ごしたいものだ。

2010年10月10日 (日)

いのち

   朝焼け小焼け大漁だ
   オオバいわしの大漁だ
   浜は祭りのようだけど
   海の中では何万の
   いわしの弔いするだろう


京都清水寺にある成就院というお寺の
襖絵を奉納した画家
中島 潔 が、金子みすず詩を
モチーフにいのちの無常と耀を描いたそうだ。
これはNHK『クローズアップ現代』で
取上げられていた。
胸を打たれた。考えさせられた。

人は大漁を喜ぶが、いわしのいのちは絶たれた。
いのちの重さは、みな同じはずなのに。なんと皮肉な世。
秋の夜長 こんな時間も必要。


2007年6月 1日 (金)

6月

いよいよ6月。学生時代は衣替えで、夏服になったものでした。今年のこのバカ陽気では、とっくに半袖。先日横浜に買い物に出かけたところ、半袖どころか、ノースリーブの若者が多く、びっくり。さすが横浜と思っていたが、私の勤める学校でも、同じような光景でした。私の年代の女性は、二の腕なんか出すものではないと、父母に教えられていました。一度ノースリーブを着たいと思った学生時代。この年になると、たるんだ筋肉で見苦く、とうとうノースリーブで町をかっぽれなんて、夢でしたね。家のなかで今度着よう・・と。